列車に乗る。きっぷを買う。目的地で降りる。
利用者の感覚では、だいたいこれで話が済みます。
ところが、JRの旅客営業規則は、そう簡単には済ませてくれません。
「どのきっぷが必要なのか」「距離とは何なのか」「そもそも、この線路とあの線路は同じなのか」。
乗り鉄をしていたはずなのに、いつの間にか哲学の入口に立たされています。
今回は、第2編「旅客営業」の第1章「通則」。第12条から第17条までを読んでいきます。
「6条だけなら、すぐ読めそう」と思った方。途中に「第14条の4」や「第16条の6」が潜んでいます。削除された条文も含め、全部で15条。条文番号を見て油断すると、各駅停車だと思って乗った列車に、知らない駅が次々と現れます。
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- 1. 第12条 追加料金のかかる場所には、ちゃんと表示する
- 2. 第13条 乗車券は基本装備。特急や寝台には追加装備を
- 3. 第13条の2 整理券は、小さいけれど重要参考人
- 4. 第14条 距離は、あなたの歩数計では測りません
- 5. 第14条の2 線路は伸びない。でも、計算上の距離は変わる
- 6. 第14条の3 四国・九州では、地方交通線だけでも擬制キロ
- 7. 第14条の4 JRの会社境界で、距離をいちいちリセットしない
- 8. 第15条 駅員さんがいなければ、乗務員さんの出番です
- 9. 第16条 削除。条文にも欠番がある
- 10. 第16条の2 新幹線と在来線。「同じ線路」ということにします
- 11. 第16条の3 新下関~博多は、「この話をするときだけ同じ」
- 12. 第16条の4 こちらの新幹線は、一本の独立した線路として
- 13. 第16条の5 北千住~綾瀬だけを乗るなら、JRのきっぷは発売しない
- 14. 第16条の6 添田~夜明も「発売しない」。でも、旅はできます
- 15. 第17条 BRTの詳しい話は、別冊をご覧ください
第12条 追加料金のかかる場所には、ちゃんと表示する
最初は、意外にもJR側への注文です。
急行料金を収受する列車や、特別車両料金・寝台料金などが必要な設備には、車両の入口など、利用者の見やすい場所に相応の表示をすることになっています。
趣旨をくだけて言えば、こんな感じです。

こちら、ちょっといいお席です

いいですね

追加料金も、ちょっと必要です

それは先に言って
その「先に言って」を、表示のルールとして用意しているわけです。
景色に見とれていたら、いつの間にか特別な設備を利用していた。そんな行き違いを避けるためにも、表示は大事です。

旅の気分はふわっとしていても、有料設備の案内はふわっとさせない。
ただし、この条文だけから「表示を見落としたら追加料金は不要」となるわけではありません。表示する側の義務と、必要なきっぷを用意する側の義務は、分けて考えましょう。
第13条 乗車券は基本装備。特急や寝台には追加装備を
第13条の基本は、その列車・車両への乗車に有効な乗車券を購入し、持っていること。
「買いました」だけでなく、「持っています」までがセットです。
そして、乗る列車や使う設備によって、さらに必要な券が登場します。
| 乗車・利用するもの | 条文上、必要となる券 |
|---|---|
| 急行列車 | 急行券 |
| 特別車両 | 特別車両券 |
| 寝台 | 寝台券 |
| コンパートメント個室 | コンパートメント券 |
| 第2項第5号の対象となる指定席 | 座席指定券 |
ここでいう急行列車には特急も含まれます。「特急なのに急行券?」と戸惑いますが、規則上の分類の話です。
乗車券を旅行の基本装備とすれば、速さや特別な設備に応じて装備を追加するイメージ。ただし、券の種類ごとに紙が必ず1枚ずつ必要という意味ではありません。
また、指定席に座るからといって、どんな列車でも独立した「座席指定券」を買うわけではありません。第2項第5号では、特急の指定席などが対象から除かれています。

「指定席」という日常語と、「座席指定券」という規則上の券種。似ているからといって、雑に合体させると脱線します。
寝台についても細かく、寝台を使うために、その使用区間の前後で寝台車に乗る場合を含めて定めています。一方、会社が特に認めて、寝台車を寝台使用区間外で座席車として使う場合は、寝台券ではなく、急行券など第3項に定める必要な券による扱いになります。ベッドのある車両でも、常に「寝台として営業中」とは限らないわけです。設備にも勤務形態があります。
全車両指定制の列車についても、その列車に有効な乗車券類が必要です。「立っていれば自由席扱いでいいですよね」という自己流ルールは持ち込めません。
ただし、購入が乗車後になるケースもあります。会社が特に指定する列車で、乗車後に乗務員の請求に応じて所定の運賃・料金を払う場合などです。
また、駅員無配置駅から乗る人や、係員の承諾を得てきっぷを買わずに乗った人は、乗車後、直ちに相当の乗車券類を購入する扱いです。

「乗る前に買えないこともある」は想定済み。「だから払わなくていい」は想定されていません。
第13条の2 整理券は、小さいけれど重要参考人
第13条第1項ただし書の取扱いでは、車内で整理券を発行することがあります。
乗るときに交付された整理券は持っておき、降りるときに係員へ渡します。
あの小さな紙は、ただの番号札に見えて、乗車した場所を確認するための大切な手がかりです。

どちらから乗りましたか?

ええと、景色がよかった駅からです
旅の感想としては結構ですが、運賃計算の資料としては少々つらい。

整理券は、あなたの乗車地点について証言してくれる重要参考人。ポケットの中で丸めて、供述不能にしないようにしましょう。
なお、整理券そのものが運賃の支払いを済ませた乗車券になるわけではありません。取っただけで安心せず、精算までお付き合いを。
第14条 距離は、あなたの歩数計では測りません
運賃・料金や、そのほかの運送条件をキロメートルで定めるときは、別に定める場合を除いて「営業キロ」を使います。
基準になるのは、乗車する発着区間に対応する駅間のキロ数です。

駅で迷って、ホームまで2キロくらい歩きました

それは大変でしたね
残念ながら、その努力は運賃計算の距離には加算されません。逆に、車内でじっとしていたからといって、移動距離がゼロになることもありません。
営業キロは、運賃計算などに用いる、鉄道側で定めた距離のものさしです。地図上の直線距離や、スマートフォンが計測した移動距離を、そのまま持ち込む仕組みではありません。

旅の疲労度には個人差がありますが、運賃のものさしまで個人差があると、窓口が終わりません。
第14条の2 線路は伸びない。でも、計算上の距離は変わる
「距離の基準は営業キロです」と聞いて、安心したのもつかの間。
次の条文で、早くも別の距離が登場します。
幹線と地方交通線を続けて乗る場合の旅客運賃は、原則として、幹線の営業キロと、地方交通線の営業キロを賃率比に応じて換算したキロ数を合算して計算します。
地方交通線側の換算後のキロ数は、会社によって名前が異なります。
| 会社 | 換算したキロ数の呼び名 |
|---|---|
| JR北海道・JR東日本・JR東海・JR西日本 | 賃率換算キロ |
| JR四国・JR九州 | 擬制キロ |
そして、幹線の営業キロと合算したものが「運賃計算キロ」です。
説明用に、幹線を50キロ、地方交通線を20キロ乗り、地方交通線部分の換算後のキロ数が22キロになる例を考えてみましょう。
営業キロの合計は70キロ。でも、運賃計算キロは72キロになります。

いつの間に2キロ余計に走ったんですか?
走っていません。計算用のものさしが変わっただけです。

線路を延ばさずに、計算上の距離を延ばす。鉄道規則は、ときどき算数の顔をした手品を見せてきます。
もちろん、気分で距離を盛っているわけではありません。第2項は、幹線と地方交通線の賃率の比や端数処理を定め、JR北海道・JR東日本についてはそれぞれの賃率を参照する形にしています。
上の数値は仕組みを示す仮定の例です。また、「地方交通線」は規則上の区分なので、車窓に田んぼが増えた瞬間に自動判定されるものではありません。
第14条の3 四国・九州では、地方交通線だけでも擬制キロ
第14条の2は、幹線と地方交通線を続けて乗る場合の話でした。
では、地方交通線の駅どうしを乗る場合はどうなるのでしょう。
第14条の3は、JR四国・JR九州の地方交通線内各駅相互間の旅客運賃を、営業キロではなく「擬制キロ」で計算すると定めています。

幹線と乗り継いでいませんが

こちらの条件では、擬制キロの出番です
前条で登場した専門用語が、さっそく単独出演します。
「擬制」という文字を見ると身構えますが、ここでは、運賃計算のために換算したキロ数のこと。架空の旅行をしたことにされるわけではありません。

旅の思い出は実体験。運賃の距離は擬制。両方あっても矛盾しないのが、この世界です。
第14条の4
JRの会社境界で、距離をいちいちリセットしない
JRの旅客鉄道会社は1社ではありません。旅行中に、あるJR会社の路線から別のJR会社の路線へ、そのまま進むこともあります。
この条文は、そうした連続乗車について、乗車区間に第14条または第14条の2を適用して、営業キロなどを計算すると定めています。

ここから別会社です。先ほどまでの距離は忘れてください
という扱いを、会社の境界ごとに機械的に繰り返すわけではありません。
計算したキロ数は、運賃・料金の計算など、この規則の取扱いに使われます。
ただし、距離を通算することと、全国どこでも同じ賃率で同じように運賃が決まることは別問題。具体的な運賃は、関係するほかの規定と合わせて計算します。

会社の境目は越えられても、運賃計算の奥深さからは、まだ抜け出せません。
第15条 駅員さんがいなければ、乗務員さんの出番です
駅員無配置駅から乗る旅客の取扱いは、列車の乗務員が行う。
以上です。距離計算で疲れた読者に、一文で届く親切設計。
無人駅で「人がいない。これはどうすれば……」となっても、規則の上では、乗務員が取り扱うことになっています。
第13条の乗車後購入のルールともつながる条文です。

駅員さんがいない駅でも、運賃まで留守にはなりません。
第16条 削除。条文にも欠番がある
第16条に書かれているのは、「削除」の2文字です。

説明をお願いします

削除されています

もう少し詳しく

この条文には、現在の取扱いは書かれていません
これ以上話を広げると、説明者が自分で列車を増発することになります。
規則では、条文を削除しても、その番号を残すことがあります。後続の番号や、ほかの条文からの参照を、まとめて付け直さずに済むためです。
ただし、何が書かれていて、なぜ削除されたかは、この資料だけでは分かりません。

条文に空席があっても、想像で着席してはいけません。

以後、削除された条文については特に言及しません。
第16条の2
新幹線と在来線。「同じ線路」ということにします
ここで、規則の世界らしい大技が登場します。
第16条の2は、表に掲げる新幹線と在来線を「同一の線路」として取り扱うと定めています。
たとえば、熱海から新下関までの範囲にある、条文で対応づけられた東海道・山陽の在来線と新幹線などです。

どう見ても、別の場所を走っていますが

取扱い上は、同じ線路です
現地で見た感想は正しい。でも、規則は物理的な線路の同一性を説明しているわけではありません。乗車券の経路や運賃計算などを扱うための約束事です。
ここで「それなら乗車券だけで新幹線に乗れる」と思った方は、第13条へお戻りください。特急券などが必要になる話は、そのまま残っています。
しかも、第2項には例外があります。三島・静岡間、名古屋・米原間、新大阪・西明石間など、列挙された区間内の駅を発駅・着駅・接続駅とする場合には、一定の駅を除き、線路が異なるものとして扱います。

同じです

分かりました

ただし、駅によっては別です

いま分かったところだったのに
たとえば、新大阪・西明石間の途中にある新神戸を発着駅とする場合は、この例外が関わります。

新幹線と在来線は、取扱い上の同じ線路。ただし、駅名まで見てから話を進めてください。
なお、具体的に別経路へ乗れるかどうかは、選択乗車などの関連規定や、利用するきっぷの条件も含めて確認する必要があります。
第16条の3
新下関~博多は、「この話をするときだけ同じ」
新下関~博多間の、条文に掲げる在来線と新幹線については、もうひとひねりあります。
第16条の3が、第16条の2第1項の「同一の線路」の取扱いを準用するのは、指定された次の事項です。
- 第26条ただし書に関する普通乗車券の発売
- 第68条第4項に関する、運賃計算上の営業キロ等の計算
- 第242条第2項に関する、区間変更時の運賃・料金の通算・打切り
ポイントは、適用する場面を限定していることです。

この二つ、同じですか?

何の話をしていますか?
弁護士が言いそうな返事ですが、この条文では、それが大事になります。
何でも同じ扱いになる、と広げて読むことはできません。第16条の2が「同じとして扱う」という話なら、第16条の3は「この議題については、その扱いを借ります」という話です。

線路の話を読んでいたのに、会議の適用範囲を確認することになりました。
第16条の4 こちらの新幹線は、一本の独立した線路として
今度は、次の区間を「単一の線路」として取り扱うと定めています。
| 新幹線 | 対象区間 |
|---|---|
| 東北新幹線 | 盛岡~新青森 |
| 北陸新幹線 | 高崎~敦賀 |
| 九州新幹線 | 新八代~川内 |
| 北海道新幹線 | 新青森~新函館北斗 |
| 西九州新幹線 | 武雄温泉~諫早 |
ここでの「単一」は、「単線で列車が走る」という設備の話ではありません。
これらの区間では、前の条文のように対応する在来線とひとまとめにして同じ線路と扱うのではなく、新幹線自体を一つの線路として取り扱います。
第16条の2では「同じ」。第16条の3では「特定の場面だけ同じ」。第16条の4では「こちらは単独」。

線路の関係を説明しているだけなのに、登場人物の多いドラマの相関図みたいになってきました。
第16条の5
北千住~綾瀬だけを乗るなら、JRのきっぷは発売しない
「常磐線北千住・綾瀬間相互発着」の旅客には、乗車券類を発売しない。
突然の「売りません」です。ですが、ここは乗車拒否の条文ではありません。
北千住~綾瀬の2駅間だけを乗る場合は、東京メトロ線の運賃を適用する扱いです。

東京メトロの公式案内でも、そのように整理されています。
東京メトロ「千代田線 綾瀬・北千住間の運賃」
注意したいのは、「相互発着」の文字。この2駅間だけで完結する乗車の話です。JRのほかの区間にまたがって乗る場合まで、同じ結論になるわけではありません。

たった一駅分の話に、会社の境界と運賃のルールがぎゅっと詰まっています。距離は短くても、説明は短いとは限りません。
第16条の6
添田~夜明も「発売しない」。でも、旅はできます
次は、日田彦山線の添田~夜明間の一部または全部を乗る旅客に対し、乗車券類を発売しないという条文です。
またしても「発売しない」。しかし、これを「その地域へ公共交通で行けない」と読むのは早計です。
この区間に関わる移動には、日田彦山線BRTひこぼしラインの案内を確認する必要があります。

JR九州の公式案内には、BRTの運賃や、JR九州の駅で発売するBRTのきっぷ、鉄道との乗継ぎの取扱いが別途掲載されています。
JR九州「日田彦山線BRTひこぼしライン ご利用案内」
つまり、この条文の「発売しない」を、あらゆる会社・窓口・券種について「きっぷが一切存在しない」と一般化してはいけません。
条文では「発売しない」。案内には「発売します」。矛盾を疑う前に、誰が、どのルールで、何を売る話なのかを確認しましょう。

規則を読むときは、目的語だけでなく、主語も大事。国語の授業が、こんなところで追いついてきます。
第17条 BRTの詳しい話は、別冊をご覧ください
最後は、気仙沼線BRTの柳津~気仙沼間と、大船渡線BRTの気仙沼~盛間です。
これらの区間の一部または全部を乗る旅客の取扱いなどは、「別に定める」とされています。
ここまで、乗車券、整理券、営業キロ、擬制キロ、新幹線と在来線の複雑な関係を読んできました。
いよいよ章の最後です。

それでは、BRTの詳しいルールを

別に定めます
最終ページに到着したら、続きの本を案内されました。
もちろん、「ルールがない」という意味ではありません。この条文は、取扱いを別の定めに委ねる役目を持っています。
「ここを全部読めば、あらゆる乗り方が分かる」と思っていると、規則から丁寧に乗換案内をされるわけです。
きっぷを用意して乗る、という基本から始まり、最後は別のルールへ乗り換える。旅客営業規則を読む旅も、どうやら一枚の路線図だけでは終わらないようです。

おそらく、現在、市販で買える唯一の旅客営業規則の解説本です。
♪Mr.Children「fantasy」(アルバム:REFLECTION {Naked}収録)
